れいわ新選組の参議院議員・奥田ふみよ議員に注目が集まっています。
奥田ふみよ議員は、ピアノ講師から国会議員へと転身した異色の経歴の持ち主です。
一体どのような人物なのでしょうか。
この記事では、奥田ふみよ議員の経歴や学歴、そしてピアノ講師から参議院議員になった理由について詳しく解説します。
奥田ふみよはどんな人?プロフィール

- 名前:奥田ふみよ(おくだ ふみよ)
- 生年月日:1977年6月11日
- 出身地:福岡県福岡市
- 所属政党:れいわ新選組
- 職業:参議院議員
- 前職:ピアノ講師、市民活動家
- 家族構成:3人の子どもの母
奥田議員は、音楽講師や市民活動を経て国会議員となった人物です。
奥田ふみよの学歴
福岡ふたば小学校・中学校・高校を卒業
奥田ふみよ議員は、福岡県にある私立の福岡ふたば小学校・中学校・高校を卒業しています。
福岡ふたばは、カトリック系の伝統ある女子校として知られています。
武蔵野音楽大学を卒業
高校卒業後は、武蔵野音楽大学へ進学しました。
武蔵野音楽大学は、日本でも歴史のある音楽大学で、多くの音楽家や指導者を輩出しています。
大学では音楽を専門的に学び、その後のピアノ講師としての活動につながりました。
ピアノ講師として活動していた経歴
大学卒業後は、ピアノ講師として働いていました。
レッスンを通じて、多くの子どもたちと接してきたといいます。
また、自身も3人の子どもを育てる母親として、子育てと仕事を両立していました。
教育現場に関わる中で、日本の教育制度や社会問題に関心を持つようになったとされています。
理不尽な校則問題への取り組み

ピアノ講師として子どもたちと接する中で、理不尽な校則に苦しむ子どもたちの存在を知り、大きな衝撃を受けたといいます。
例えば、
- 宿題を忘れたことで名前を公表される
- 給食を食べ終わるまで教室から出られない
- 上級生の前を歩いてはいけないというルール
などの問題があったとされています。
こうした経験から、校則見直し活動に取り組むようになりました。
東日本大震災が政治を志すきっかけに

奥田議員が政治を意識するようになった大きな転機は、2011年の東日本大震災と福島原発事故でした。
当時、第三子を妊娠中だった奥田議員は、原発事故をきっかけに強い危機感を抱いたといいます。
その後、原発問題などに関する市民活動に取り組むようになりました。
この経験が、政治の道を目指す理由の一つとなりました。
参議院議員になった理由とは
奥田議員は、市民活動を続ける中で「子どもたちを守るためには政治を変える必要がある」と考えるようになったといいます。
そして、れいわ新選組から参議院選挙に出馬し、初当選を果たしました。
「ただの母親」「ただのピアノ講師」と自ら語る立場から、政治の世界へ挑戦した点が大きな特徴です。
現在は参議院議員として活動しています。
初当選は2025年の参議院選挙
奥田ふみよ議員が初当選したのは、2025年7月に行われた第27回参議院議員通常選挙です。
れいわ新選組の比例代表として立候補し、25,454票を獲得しました。
党が比例代表で3議席を獲得したため、党内3位で初当選を果たしました。
過去には2度の落選も経験
奥田ふみよ議員は、これまでに2度の国政選挙で落選を経験しています。
2022年の参議院選挙では福岡県選挙区から立候補しましたが落選しました。
また、2024年の衆議院選挙でも福岡3区から立候補しましたが、当選には至りませんでした。
その後、2025年の参議院選挙で初当選を果たしています。
まとめ
今回は、奥田ふみよ議員がどんな人なのか、経歴や学歴、政治家になった理由について解説しました。
- 福岡県福岡市出身
- 福岡ふたば高校卒業
- 武蔵野音楽大学卒業
- ピアノ講師として活動
- 市民活動を経て参議院議員に当選
ピアノ講師から国会議員へと転身した異色の経歴に、今後も注目が集まりそうです。

