【画像】益子直美の若い頃が美人すぎる!全日本代表時代と現在のギャップに驚き

【画像】益子直美の若い頃が美人すぎる!全日本代表時代と現在のギャップに驚き

元バレーボール日本代表で、現在は日本スポーツ協会副会長などを務める益子直美さんが、近年のインタビューで語った人生観が話題になっています。

50歳で心臓の病気を経験し、「50歳を過ぎてから自分の人生が始まった」と語る姿に、多くの共感の声が集まっています。

そんな益子直美さんについて、今あらためて注目されているのが「若い頃」です。

高校時代から全日本代表として活躍し、「下町のマコちゃん」と呼ばれた当時の姿は、今見ても驚くほど華やかでした。

この記事では、益子直美さんの若い頃の活躍や当時の画像、そして現在とのギャップについて詳しく見ていきます。

目次

益子直美の若い頃|プロフィールと経歴

2013年  引用元:Ameba blog

益子直美さんは1966年生まれ、東京都出身です。

中学生のときにバレーボールを始めると、持ち前の運動能力と明るいキャラクターで頭角を現し、高校3年生という若さで全日本代表に選出されました。

このスピード出世は当時としても異例で、高校バレー界では一躍有名な存在に。
親しみやすい笑顔から「下町のマコちゃん」と呼ばれ、バレーボール人気を後押しする存在となりました。

全日本代表時代がすごい|「下町のマコちゃん」ブーム

1985年、益子直美さんはイトーヨーカドー女子バレー部に入団。
日本リーグ優勝を経験し、日本代表としてワールドカップや世界選手権にも出場しています。

当時の益子さんは、実力だけでなくルックス面でも注目され、テレビや雑誌にも多く登場。
競技としてのバレーボールだけでなく、「スター選手」としての役割も担っていました。

しかし本人は後年、「自分のためではなく、監督やチームのために生きていた」と振り返っています。

若い頃は順風満帆?実は「操り人形」のようだった

華やかな活躍の裏で、益子直美さん自身は強いプレッシャーを感じていたといいます。

中学・高校・実業団、そして全日本代表と、常に厳しい指導の中でプレーしてきたことで、
「自分で考える」「自分で決断する」ことができなくなっていたそうです。

表からは見えない苦悩を抱えながらも、期待に応え続けてきた若い頃。
その経験が、後の人生に大きな影響を与えることになります。

1992年に引退。

1994年にはCDシングルもリリースしたり、マルチな活動もしていました。

引退後と50歳での転機|心房細動を経験して変わった人生

現役引退後はスポーツキャスターや大学バレー部の監督として活動。
しかし「勝たなければいけない」という重圧から、かつて自分が受けてきた“怒る指導”をしてしまったといいます。

2017年、50歳のときに心房細動を発症。
医師から「強いストレスがかかる仕事は難しい」と告げられたことが、人生を見直すきっかけとなりました。

ここから益子直美さんは、怒らない指導やスポーツメンタルコーチングを学び始めます。

妊治療と夫の支え|「2人で楽しく生きていこう」

40歳で結婚し、42歳から不妊治療を始めた益子直美さん。
周囲に相談できず、孤独を感じながら治療を続けていたことも明かしています。

45歳で治療を終える決断をした際、夫からかけられた
「子どもが欲しくて結婚したわけじゃない」という言葉が、心を軽くしてくれたそうです。

現在は、夫と猫、庭の植物に囲まれながら、自分たちらしい生活を送っています。

現在の活動|「監督が怒ってはいけない大会」とは

現在、益子直美さんは「監督が怒ってはいけない大会」を主催し、
子どもたちがのびのびと成長できるスポーツ環境づくりに力を注いでいます。

怒られないことで、子どもたちは自分で考え、挑戦し、失敗から学ぶ。
その姿を見ることが、今の益子さんの喜びだといいます。

まとめ

益子直美さんの若い頃は、全日本代表として輝かしい実績を残した一方で、
自分を押し殺して生きていた時代でもありました。

50歳を過ぎてから「本当の人生が始まった」と語る姿は、多くの人の心を打ちます。
若い頃と現在、そのどちらも含めて、益子直美さんの魅力と言えるでしょう。

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